自社株買いのメリットとは? 投資家目線で解説


企業が行う経営戦略のひとつに、すでに発行した株式を自らの資金を使って買い戻す「自社株買い」があります。一般的に、自社株買いが発表されると、その会社の株価は上昇します。詳しくは後述しますが、自社株買いが行われると発行済み株式総数が減少し、1株当たりの価値が高まるからです。自社株買いを利用した株式投資を成功させるには、株主や企業にもたらすメリットやデメリットを把握し、投資判断に活かしていくことが重要です。

目次

1.自社株買いとは?

 1-1.「自社株買い」の仕組み

 1-2.自社株買いの投資家への影響

2.なぜ自社株買いが行われるのか?

 2-1.自社株買いを実施する企業の目的

 2-2.自社株買いで株価が上昇するロジック

3.企業が自社株買いをするメリット5つ

 3-1.株価上昇や株価の下支え効果

 3-2.投資家へのアピール(株主還元)

 3-3.従業員へのストックオプション付与に活用できる

 3-4.敵対的買収を防ぐことができる

 3-5.ROEの改善効果が期待できる

4.投資家が注意したい自社株買いのリスク

 4-1.自己資本比率の下落

 4-2.将来の成長が損なわれる可能性がある

 4-3.処分と消却で株価の反応が変わる

 4-4.実際には目標通りに自社株買いを実施しないケースもある

5. 中小型株が自社株買いを発表したら?

 5-1. 自社株買いの目的、取得株式の処理方法を確認する

 5-2. 自社株買いの買い付け方を見極める

 5-3. 過去実績があるかを確認する

6.自社株買いの理解を深めて利益につなげよう

 6-1.自社株買いは投資家にとって利益を狙うチャンス

 6-2.自社株買いによって投資指標がどう変化するか注視する 6-3.自社株買いを完遂しない企業もあるので注意が必要

1.自社株買いとは?

企業の経営戦略として行われる「自社株買い」とは、どのようなものでしょうか。ここではまず、基本事項を確認しましょう。

1-1.「自社株買い」の仕組み

自社株買いとは、企業が一度発行した株式を自らの資金(剰余金)を使って買い戻す経営戦略です。買い戻した株式は、消却(無効に)する場合と、金庫株(自己株式)として株式のまま保有するケースがあります。

自社株買いが行なわれるとEPS(1株当たり利益)が増えることになります。EPSは「当期純利益÷発行済株式数」で計算されますが、その際、自己株式は「発行済株式数」から除外するのが主流です。つまり、自社株買いによって分母(発行済株式数)が減少することで、結果的にEPSは上昇します。

一方、金庫株として保有を続けた場合、企業は第三者割当による自己株式の処分などによって資金調達が可能です。ただし、自己株式を放出することになるためEPSは低下します。

1-2.自社株買いの投資家への影響

自社株買いが投資家に与える大きな影響のひとつに、株価が変動する可能性があります。具体的には、前述のとおり自社株買いの結果、発行済株式数が減少してEPSが上昇すると、その銘柄は人気化し株価が上昇するのが一般的です。

2.なぜ自社株買いが行われるのか?

資金を調達するために発行した株式を、わざわざ自己資金を使って再び買い戻すのにはどのような理由があるのでしょうか。ここでは、企業が自社株買いを行う目的を詳しく解説します。

2-1.自社株買いを実施する企業の目的

自社株買いを行う目的には、主に以下の4つが挙げられます。

【自社株買いを行う目的】
・株式の価値向上による株主還元
・配当金の節約
・適正な株価への調整
・敵対的買収に対する防衛

自社株買いの大きな目的のひとつが「株主還元」です。自社株買いを行うと、その銘柄は人気化しやすく、需要が高まることで株価が上がる傾向があります。株価の上昇は株主の資産増加につながるため、結果として株主還元が実現されます。

また、現在の株価が低すぎるため適正な株価に調整したい、と考える場合にも自社株買いは行われます。自社株買いにより株価を上げることで、企業の価値がより正確に評価されることを目指すのです。そのほか、自社株買いによって株価が上がれば、敵対的買収の対抗策にもなります。

2-2.自社株買いで株価が上昇するロジック

前項で解説したように自社株買いは、株価の上昇を見込んで行われるケースがほとんどです。その理由として、EPSの上昇によって“人気化しやすい”ことを挙げましたが、より詳しくメカニズムを知るには、「ROE(自己資本利益率)」「PER(株価収益率)」「PBR(株価純資産倍率)」の3つの指標を考える必要があるでしょう。

自社株買いが株価を上昇させる理由には、以下の3つの指標の動きがあります。

【株価上昇につながる指標の動き】
・ROE(自己資本利益率)が向上する
・PER(株価収益率)が低くなる
・PBR(株価純資産倍率)が低くなる

・1.ROE(自己資本利益率)が向上する
株価が上昇する動きのひとつ目は、ROE(自己資本利益率)が向上するケースです。ROEとは、自己資本に対してどのくらいの収益が出たかを示す指標です。

ROEは「EPS(1株当たり利益)÷ BPS(1株当たり純資産)× 100」という計算式で求められます(※)。ここまで述べてきたように、自社株買いと株式消却が行なわれると分子のEPSは上昇するため、ROEも上昇します。
※ROEは「当期純利益÷自己資本×100」で求めることも可能です

ROEが高い企業ほど、自己資本を有効に活用し効率よく利益を上げていると考えられます。自社株買いによるROEの向上が好意的に受け止められた場合、株価の上昇につながるでしょう。

・2.PER(株価収益率)が低くなる
株価が上昇する動きの2つ目は、PER(株価収益率)が低くなるケースです。PERは、株価が1株当たりの当期純利益の何倍になっているかを示す指標です。一般的にPERが高いと割高、低ければ割安な銘柄といわれます。

PERは、「株価÷1株当たり当期純利益(EPS)」で求めます。そのため自社株買いにより発行済株式数が減ると、PERは低くなります。PERが低くなったことで、割安な銘柄であると投資家から判断された場合、株価が上昇する可能性があります。

・3.PBR(株価純資産倍率)が低くなる
株価が上昇する動きの3つ目は、PBR(株価純資産倍率)が低くなるケースです。PBRは、株価が「1株当たり純資産」の何倍になっているかを示す指標です。会社の資産と現在の株価を比較するもので、PBRが小さいほど株価が割安とされます。

PBRは、「株価÷1株当たり純資産(BPS)」で求めます。BPSは、「純資産÷発行済株式数」です。そのため自社株買いで発行済株式数が減ると、PBRが低くなる場合があります。これにより、投資家から割安であると判断された場合、買いが増え価格が上昇します。

ただし、自社株買いは発行済株式数だけでなく純資産も減少させるため、必ずしもPBRが低くなる(BPSが上昇する)とは限らないので注意しましょう。

3.企業が自社株買いをするメリット5つ

自社株買いを行うと、企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは、5つのメリットを紹介します。

3-1.株価上昇や株価の下支え効果

ここまで解説してきたように、企業が自社株買いをする最大のメリットは、株価の上昇や下支え効果を得られることです。価格が上昇すれば、必然的に企業の価値を高めることができます。また株価が上がることで、より多くの投資家の注目を集めることも期待できるでしょう。

3-2.投資家へのアピール(株主還元)

自社株買いを行う2つ目のメリットは、株主還元意識の高さを投資家へアピールできることです。株式投資における一般的な株主還元は配当金や株主優待ですが、株価上昇が見込める自社株買いも株主還元のひとつと考えられます。

株主還元の意識の高さは、投資家によって重要な判断ポイントとなります。なぜなら株主還元の意識が低く、企業活動で得た利益のほとんどを内部にため込む企業は、インカムゲインを期待する投資家にとって魅力が少ないからです。自社株買いを行うことで株主還元の意識が高いことを投資家に示せば、投資先として人気を集めることができるでしょう。

3-3.従業員へのストックオプション付与に活用できる

自社株買いを行う3つ目のメリットは、従業員へのストックオプション付与に活用できることです。ストックオプションとは、企業の従業員や取締役が、自社株をあらかじめ決められた価格で取得できる権利をいいます。

例えば、1株1,000円で取得できるストックオプションを従業員に付与したとしましょう。

従業員は、株価が1,500円まで上昇した時点でストックオプションを行使すれば、1株当たり500円安く取得することができます。もちろん、取得時よりも高い価格で売れば利益も得られます。企業は、ストックオプションを行使した従業員へ交付する株式として、自社株買いで取得した自己株式を活用できます。

ストックオプションを付与された従業員は、株価の値上がりを目指し業績の向上に努めるようになるでしょう。自社株買いとストックオプションの付与をセットで実施することで、社員の士気向上と業績アップの両方が期待できます。

3-4.敵対的買収を防ぐことができる

自社株買いを行う4つ目のメリットは、敵対的買収を防衛できる点です。敵対的買収とは、企業の同意を得ないで買収を仕掛けることをいいます。経営権を掌握するため、対象企業の株式の3分の1もしくは、過半数の取得を目指して行われます。

買収を防ぐには、株式の取得が難しい状態を作れるかがポイントとなるでしょう。そのためには、自社株買いにより株価を上げ、株式を買い集めさせないようにすることが有力な対抗策となります。

3-5.ROEの改善効果が期待できる

自社株買いを行う5つ目のメリットは、ROEの改善が期待できることです。2-2で解説した通り、自社株買いを行うとROEの向上が期待できます。日本企業の平均ROEは5%程度で、一般的に10%を超えると投資する価値がある優良企業と判断されます。ROEを高めて、資金効率がよい経営を目指したいと考えているなら、自社株買いもひとつの方法です。

4.投資家が注意したい自社株買いのリスク

株価向上など、企業や投資家にとってさまざまなメリットが期待される自社株買い。しかし、投資家が自社株買いを行なう(行なっている)銘柄に投資する際には、それによって生まれるリスクにも目を向けるべきです。

4-1.自己資本比率の下落

自社株買いのリスクのひとつは、企業の自己資本比率が低下することです。自己資本比率とは、総資産に占める自己資本の割合をいいます。自己資本比率が低い企業は、会社経営資金のうち負債など返済が必要な資金の割合が多く、倒産の可能性が高いと判断されるため注意が必要です。

自社株買いを行なうと自己資本(株主資本)は減少し、結果的に自己資本比率が低下します。自己資本比率が下がると企業の評価も下がる可能性があるほか、銀行などからの新たな借り入れが難しくなるケースもあります。自社株買いをする際には、実行後の自己資本比率も考慮して買い戻し株数を決める必要があるでしょう。

4-2.将来の成長が損なわれる可能性がある

2つ目の自社株買いのリスクは、将来の成長性が損なわれる可能性があることです。自社株買いを行なうと、企業の剰余金が減少します。新たな設備投資や事業をスタートする資金が減るため、場合によっては新たなビジネスチャンスが損なわれるかもしれません。

自社株買いを経営戦略として有効に取り入れるには、剰余金が十分にあるタイミングで実行することが重要になります。

4-3.処分と消却で株価の反応が変わる

3つ目の自社株買いのリスクは、自社株買いした株式を「処分」するか「消却」するかで、株価の反応が変わる点です。

自己株式の処分とは、取得した株式を売却することをいいます。処分によって、企業は資金調達ができますが、EPSの希薄化が生じて株価の下落につながることもあります。

一方、消却は自己株式を無効にすることです。消却を行なうと自己株式が市場へと再放出(処分)される懸念が払拭されるため、投資家としては自社株買いを発表した企業に消却を期待するのが一般的です。

4-4.実際には目標通りに自社株買いを実施しないケースもある

4つ目の自社株買いのリスクは、目標通りに自社株買いが実施されないケースがあることです。自社株買いは計画発表後、すぐに実施されるとは限りません。即座に買い戻しが行われる場合もありますが、企業によっては数ヵ月にわたり少しずつ買い戻しを実施するケースもあります。また、予定の株数の買い戻しが完了せずに自社株買いが終了することもあります。

自社株買いのタイミングで売買取引をしたいと考えているなら、自社株買いのペースも注視しておく必要があるでしょう。

5. 中小型株が自社株買いを発表したら?

時価総額が1,000~2,000億円の中型株や、1,000億円未満の小型株による自社株買いの場合、より慎重な投資判断が求められます。それは、発行株式数や時価総額が少なく流動性が低い中小型株は、大型株と比較して株価が大きく動きやすいからです。

一般的に、自社株買いを行う中小型銘柄は株主還元意識が高く、増配などが期待できるとされます。また、自社株買い後に大きく株価が上がる可能性もあるため、ハイリスクハイリターンの銘柄として投資を検討してみる価値は十分にありそうです。

しかし、すでに自社株買いが発表されている場合には、飛びついて購入するのは危険です。中小型株へ投資を行うなら、以下の3つのポイントを確認しましょう。

5-1. 自社株買いの目的、取得株式の処理方法を確認する

ひとつ目のポイントは、自社株買いの目的をしっかりと確認することです。自社株買いの目的は、株主還元や株価の調整、敵対的買収への対抗など、企業によりさまざまです。そのため、自社株買いを行うすべての企業の株主還元意識が高い、と判断するのは尚早かもしれません。

また中小型株では、取得株式の処理方法の確認も重要です。買い戻した株を金庫株として保有している場合、売却時に価格が下落する要因となることは知っておきましょう。

5-2. 自社株買いの買い付け方を見極める

2つ目のポイントは、自社株買いの買い付け方法を見極めることです。少量ずつ長期にわたり買い付けが行われる場合には、株価はじわじわと長期的に上昇していく可能性があります。そのため、自社株買い発表後に購入しても利益を得られる可能性があるでしょう。

一方、短期間で自社株の購入を完了させる場合には、自社株買いが材料として織り込まれる前に投資を行うことがポイントとなります。

なお、自社株買いが株価にどのくらいの影響を与えるかは、取得規模によっても変わります。規模が小さい場合、想定よりも株価が反応しないケースも考えられます。自社株買いを投資の材料として考えているなら、取得規模もあらかじめ確認しましょう。

ここで、中小型株の自社株買いの一例として、港湾運送業者の大運(9363)のケースを紹介します。2021年6月25日、大運は発行済株式総数の19.31%にあたる120万株、金額で3億円を上限として大規模自社株買いを行うと発表しました。取得期間は2021年7月~2022年6月としています。

この発表が好感され、大運の株価は2021年6月28日に前営業日比23.6%増と急騰しました。その後、価格の上昇は同年9月末頃まで続いており、自社株買いが株価に大きく反映された事例のひとつだといえるでしょう。

5-3. 過去実績があるかを確認する

3つ目のポイントは、過去に自社株買いの実績があるかを確認することです。取得株数や取得方法などはもちろん、株価がどのように反応したかもチェックすることで、投資の戦略を立てやすくなります。

6.自社株買いの理解を深めて利益につなげよう

自社株買いは、すでに発行した株式を自らの資金で買い戻す経営戦略です。株主還元や株価の調整、敵対的買収の防止といった、さまざまな目的で利用されます。自社株買いの後は株価が上がるケースも多いため、投資のタイミングのひとつとして覚えておくと良いでしょう。

6-1.自社株買いは投資家にとって利益を狙うチャンス

自社株買いが行われると、発行済株式数の減少などにより株価が上昇する可能性があります。今後、値上がりする銘柄への投資を狙っているなら、自社株買い実施銘柄は有力な選択肢となり得ます。

6-2.自社株買いによって投資指標がどう変化するか注視する

自社株買いによる発行株式数の減少は、ROE(自己資本利益率)、PER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)といった指標の変化要因となります。これらの指標を活用すれば、割安株や財務状態が健全な企業への投資などにつながるため、日ごろから情報収集や指標の確認を欠かさないことが重要です。

6-3.自社株買いを完遂しない企業もあるので注意が必要

自社株買いは発表されたからといって、必ず完遂されるとは限りません。中には、予定の途中でストップしてしまう企業もあります。そのような場合、予測通りに株価が上がらないだけでなく、かえって株価が下がってしまうといったケースもあるため注意しましょう。

文・N.ヤマモト